「意識の高い学生」が就職後に辞めるのが流行っているらしい件

「意識の高い学生」が就職後に数年で辞め、それを公言するのが流行しているらしい。


「意識の高い学生」のうち、すぐ辞める人の多くは単純に「自意識の(無駄に)高い社会人」ではないだろう
か。

会社の立場で考えてみる。
学生を雇用するということは、トラックレコードが(一部を除き)無い相手への賭けだ。
社会人としてのイロハを教え、仕事のやり方を教え、ビジネス知識を教える。
研修プログラムを組むこともあるだろう。
それなりにリソースを費やしているわけだ。

さて、これら意識の高い学生が、数年で辞めた場合。
会社として元は取れるか? 普通は取れない。
それどころか、給料分働いているかだって疑わしい。


意識の高い若者による、業務改善の提案、結構。
コーディングしたいのにできないでIT土方にしかなれないので失望?
それも結構。
花形部署で働く?それも素晴らしい。
…で?

会社が自分にしてくれたことが自分の期待と違うから辞める。
その一方、自分が会社にどこまで貢献したのだろうか?
会社の期待には応えているのだろうか?

それこそ、自分の働きで会社にものすごい収益貢献をしたのに、社歴が浅いからという理由だけで
ボーナスも給料も全然出ないからあほらしくて辞める、というのならわかる。
それなら自分で会社やって儲けるぞ、と起業してほしい。

もし、求められることを期待どおりにこなし、それに加えて各種の素晴らしい業績を上げ、組織の誰からも必要とされていたのに辞める、というのであればそれはそれ。

だが「意識の高い」人は単純に「自意識の高い」人であるだけかもしれない。
提案が通らないのも実は他に理由があるかもしれない。
クオリティの低い業務(モチベーションが上がらなければ特にそうなるが)で周りから評価されないとか、尊大な態度で浮いているとか、自己評価だけが高く、実績も無いのに会社批判を繰り返すとか。

引き止められたのにそれを振りきって辞めるというのは快感かもしれない。
だが何故引き止められるのか?

組織に必要だ、と思われているからかもしれない。
だが、企業が「まだ投資の元を取らないうちに逃げるとは給料ドロボー!」と思って引き止めたり、単純に、部下が辞めると上司の評価が下がるという理由だけで引き止められているのかも。

就職先で自分を高めたいという気持ちはわかる。「意識の高い」学生生活の延長での考えだから。
その一方、給料もらう身分で、会社にちゃんと貢献できましたか?

学生時代は金を払って学ぶんだからどんどん自分を高めてほしい。
だが、給料もらう以上、給料分の働き、本来であれば「給料プラス福利厚生プラス各種研修コスト」分くらいをちゃんと稼ぐ、あるいは結果を出すってことのほうがより大事だろう。
少なくとも、終身雇用を前提として大量採用している有名会社に入社する限りにおいては。

別に、辞めることそのものを否定はしない。相性が悪いなら、見切りも大事だ。
だが、いろいろ公言したいなら、少なくとも、会社の期待を上回るパフォーマンスを上げた人だけにしてほしいと思う。


なんか、年寄りの繰り言みたいになってしまった。
アメリカなんか、数年で転職するし、その時やったことをレジュメでは針小棒大に書いていく。日本もそれに近くなってきただけなのかもしれないな。